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エリフくんのなぜ?なに?どうして?第7回

エリフくんのなぜ?なに?どうして?第7回

博士~、電気の歴史の続きを教えてください。

前回の続きじゃが、次に出てくるのは前(第3回)に少し話した“ルイージ・ガルバーニ”(1737年~1798年)と“アレッサンドロ・ボルタ”(1745年~1827年)じゃな。

電池の説明のときに出てきた人たちね。

よく覚えておったの。おさらいになるが、ガルバーニはイタリアの生物学者で、カエルの解剖中に2種類の金属が触れると筋肉が痙攣することを発見したのじゃ。これが電池の原理の始まりだといわれておるのじゃが、その時は、まだそれが電池だとは気づいておらず、カエルには電気が蓄えられていると発表したのじゃ。この発表をヒントにボルタが電池を作ることに成功したのじゃ。

電圧の単位“ボルト”の語源となった人だったわよね。

そうじゃ。イタリアの化学者ボルタはカエルに2種類の金属を接触させることによって電気が発生し、痙攣したと考えたのじゃ。そして実験を重ねて銅と亜鉛と食塩水を使った電池を作ったのじゃ。

そういえば、そんな話を聞いたような・・・。

この電池の発明により、連続して電気を発生させることができるようになり、いろいろな電気の研究ができるようになったのじゃ。

どんなことですか?

それまで電気と磁気は別と考えられておったのじゃが、デンマークの物理学者“ハンス・クリスティアン・エルステッド”(1777年~1851年)が、電池のスイッチを入り切りすると、近くにあった方位磁石の針が振れることに気づき、電気と磁気が関係していることを発見したのじゃ。

それから?

そのことを聞いたフランスの物理学者“アンドレ・マリ・アンペール”(1775年~1836年)が研究して、磁針の振れる方向が電気の流れている方向に関係することを発見したのじゃ。

へえ~。

アンペールは、2本の針金に同じ方向に電気を流すと針金が引き寄せ合い、片方だけ逆に流すと反発し合うことに気づき、電気によって針金のまわりに磁石と同じ力が発生することを発見したのじゃ。

すごい。

アンペールは研究を重ね、右ねじの法則(右手の法則)というのも発見したのじゃ。

右ねじの法則ってなんですか?

これは、電流と磁界の向きに関する法則じゃ。壁にねじを回し入れるとき壁に向かう方が電流の向きで、磁力線はねじと同じように右回りに発生するという法則じゃ。
さらにアンペールは、針金をらせん状に巻き、それに電気を流すと磁石と同じように南北を向くことを発見したのじゃ。これは現在ではコイルと呼ばれておるのじゃ。

電気と磁石の関係を明らかにしたのね。

そうじゃ。アンペールは、その後の電磁気学の発展に大きく貢献したのじゃ。

もしかして、電流の単位“アンペア”の語源は“アンペール”からなの?

そのとおりじゃ。では、今回は、もう一人電気に関する単位の語源となった人を紹介するぞ。

誰ですか?

電気抵抗の単位の語源となった、ドイツの物理学者“ゲオルグ・ジーモン・オーム”(1789年~1854年)じゃ。誰だかわかるかの?

オームといえば“オームの法則”ですね。

電流(I)=電圧(V)÷抵抗(R)っていう式よね。“電流は加えた電圧に比例し、抵抗に反比例する”というやつね。

そのとおりじゃ。オームは電流の大きさを測る検流計を使い、電池の電圧を高くすると検流計の針が大きく振れ、電圧を低くすると小さく振れることに気づいたのじゃ。そして、同じ電圧で、導線の太さや長さを変えて実験したのじゃ。電流は導線が太いほど大きく流れ、細いほど流れにくくなる。また、長くなるほど流れにくいということを発見したのじゃ。

導線は、太くて短いほうが抵抗が小さいということね。

うむ。何度も実験を重ね、電圧と電流、流れやすさについて数式にすることができたのじゃ。オームはこれを論文にまとめ1827年に発表したのじゃが、当時のドイツでは認められなかったのじゃよ。その後、1841年になってイギリスの王立協会に認められ、ようやく世間から認められたのじゃ。

すごい発見だったのにね。

この公式は、現在でも電気の計算をするのに欠かせない重要な公式で、この公式の発見がなければ、その後の発展はなかっただろうのぉ。
(つづく)

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