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エリフくんのなぜ?なに?どうして?第3回

エリフくんのなぜ?なに?どうして?第3回

博士~、電池はいつごろできたんですか?

1780年にイタリアのガルバーニという生物学者が、カエルの解剖中に鉄の柵にぶら下げたカエルの足に針金を引っかけると足の筋肉がピクピク動くのを発見したんじゃ。これが電池の原理の始まりだといわれておるんじゃよ。鉄の柵がマイナス極、針金がプラス極、カエルの体が電解液になったといわれているのじゃ。その時は、まだそれが電池だとは気づいてなかったんじゃな。その後、1800年イタリアの化学者ボルタが、銅と亜鉛と食塩水を使った「ボルタ電池」を作ることに成功したんじゃ。このボルタ電池は、現在の電池のもとになっておるんじゃ。電圧の単位の「ボルト」はボルタの名前をとったものなんじゃよ。

へぇ~、じゃぁ日本へはいつごろ伝わってきたの?

1854年、アメリカのペリーが日本へやって来たときに、幕府への献上品として電池が伝えられたんじゃ。ペリーが持ってきたのは、ボルタ電池を改良した「ダニエル電池」と呼ばれる電池でのぉ、当時、日本ではまったく知られてなかった電池を届けたのじゃ。もらった方はどう使えばわからんから困ったじゃろうのぉ。

博士~、乾電池はいつごろできたんですか?

1868年フランスのルクランシェが、「ルクランシェ電池」を発明したんじゃ。これは亜鉛、二酸化マンガン、塩化アンモニウムを用いたもので、現在の乾電池のもととなるものなんじゃが、塩化アンモニウムがこぼれたりして不便なものじゃったんじゃ。1888年ドイツのガスナーが、電解液を石膏で固めて、持ち歩いても液体がこぼれない電池を発明したんじゃ。液体がこぼれやすい電池に対して「乾いた電池」、乾電池と呼ばれ、この発明によって電池が格段に使いやすくなり広く世の中にいきわたるきっかけとなったんじゃ。

へぇ~、そんなに昔からあったのね。

実は、その3年前の1885年日本人の屋井 先蔵が弱冠21歳という若さで乾電池の開発に成功しておったが、特許申請の費用が工面できず、乾電池の発明者として名を残すことができなかったんじゃ。

博士~、電池がなくなったっていうけど何がなくなるんですか?

電池は内部のプラス極とマイナス極との材料の間での化学反応により電気を起こすのじゃが、電気がなくなるというのは、電気を使うことによって、電池の中で電気を起こしているプラス極とマイナス極の材料それぞれの化学反応が終了することじゃ。その化学反応は気温が低いほど起こりにくくなるんじゃ。

だから車のバッテリーは寒いときに上がることが多いのね。

うむ、気温が低いとエンジンオイルが硬くなるからエンジンの始動時に負荷が増えるのでより多くの電力が必要になるんじゃ。また、冬は日が短いのでライトを長い時間点灯させるし、暖房も必要じゃろ。化学反応が鈍ってバッテリーのパワーが低下してるところに負担も大きいからバッテリーが上がりやすいということじゃ。

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